2024-09-21
「お陰様で無理をしなければ年金で暮らせそうだけど、これと言った趣味はないし、知人と会うのも気疲れする。ポランティア活動などは人間関係が難しそうで遠慮したい。家族のことを考えると旅行は控えよう…。でも、手ごたえのある毎日を過ごしたい」。そんなことから週2-3日の学校通い(RSSC→M大ほか)を始めて10年余りが過ぎました。この流れで一年少し前から始めたのが、“藝大に通う”です。
“藝大に通う”と言っても聴講生や派遣スタッフになる訳ではなく、ただ月に2-3回東京藝術大学の演奏会に行くだけのことです。東京藝大― どの音楽大学や音楽団体でも同じだと思いますが― では、我々が聴くことができる沢山のコンサートやイベントが開かれています。昼の公演が多く、私の生活リズム― 夜遅くなるのが辛くなってきました― にも合っています。加えて若いアーティストに拍手が送り、将来の成功を祈るのは嬉しいことです。
今年のある演奏会で先生のお一人が「今日は満席になりました。お客様が多いと演奏者のテンションが上がります。満席が学生たちを育てます。これからも満席にしてください!」と挨拶されたのが心に残りました。どのような演奏会があるのかは、ここ とここ を見てください。今年度、学校通いを週2日に 減らしたので、その分、藝大のモーニングコンサート、定期公演、オペラハイライト、夏の第九、アカンサス音楽祭、藝祭コンサート、藝大オペラなどへ小まめに足を運んでいます。また月1回、旧東京音楽学校奏楽堂 で行われる「藝大生による木曜コンサート」もほぼ毎回参加しています。
演奏会はクラッシック音楽だけには留りません。邦楽・謡曲・民族音楽・古楽・jazz・現代音楽や作曲専攻の学生さんの新作発表もあり、新しい気づきを私に与えてくれます(“異聴体験”といった方が正確かもしれません)。行き帰りに藝大美術館や国立西洋美術館・東京都美術館に立ち寄ったり、東京文化会館でさまざまな公演パンフレットを集めて「行きたい」と思うイベントを自宅でゆっくり探すのも楽しみのひとつです―芸術イベントが多様な都内はとても恵まれています。これを活かさなくては勿体ないと思っています―。
この夏に読んだハンナ・アーレント(思想家/左写真)に「芸術作品は人間のためではなく、死すべきものの寿命や世代の流転を超えて存続すべき世界のために制作される」とありました(『過去と未来の間』p282)。また、芸術は死すべきものの時間を超えた永続性、さらには究極の不死性を持とうとすると繰り返し述べています。
”世界”のために、芸術が永続性を求め不死性を持とうとするからこそ、“死すべきもの”である人間は、永続する芸術の創造に努め、不死の存在に寄り添い、喜びやチカラを得て有限の時間を生きるのだと思います。暫くのあいだ、上野エリアに通い続けたいと考えています。(7期:杉村)
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【付記】パリ五輪開会式でピアフの「愛の賛歌 」をセリーヌ・ディオンが歌って大きな話題になりました。ピアフに関心を持ち続けているのでピアフが歌う「水に流して」を右上動画にリクエストしました- 映画「エデット・ピアフ…愛の賛歌…」や大竹しのぶさん主演の舞台「ピアフ」(お勧めです!)で最後に歌われるのがこの曲です- 。
※事務局記:水色下線の各所をクリックして下さい
2024-03-21
“これまでを振返る”投稿も3回目になり、やっと現在に辿り着きました。
RSSC終了後「もう少し学生証を持ちたい…」と思って明治大学の大学院に進みました。シニアの私には、成績や就職の心配がなく、適度に刺激的な大学院は良いサードプレースになりました。2024年度も科目聴講生として政治・経済・思想などの講座に参加する予定です。
私に限らずシニアで大学院に入った方の多くが、学位取得後も講座に参加し続けています。それはなぜでしょうか? 間違いなくその理由のひとつは、分からないこと・知りたいことがどんどん見つかるからです。そして、その“分からないさ”は、自分で調べ、納得しないと解決しません。自分の関心事を先生方や他の院生に聞いてもらう楽しみもあります。
いま、私の“分からないさ”のひとつが、未来を中世のように表現する理由です。ヘルマン・ヘッセの未来小説『ガラス玉演技』を読み、この事に興味を持ちました。その後、『風の谷のナウシカ』、『ファイナル・ファンタジー』、『スターウォーズ』などのキービジュアルに中世的イメージが多用されているのに気づきました。
政治学領域の講座で教授が「『2001年 宇宙の旅』の年から既に20年以上も過ぎている。あのような巨大工業進歩型の未来像はなぜ想定されなくなったのだろうか」と問題提起されたのも、考え始めるきっかけになりました。
※これについては、後日調らべた資料に「巨大宇宙ステーションを作るほどのレアメタルは
地球にはない」との記述があり、概ね納得しました。
「… それ以外にも下図を見るだけで様々な問いが浮かんできます。例えば勇者(ヒーロー・ヒロイン)が
剣や槍(=武力)を持っています。どういうことなのでしょうか。近代国家では武力は国家が独占しま
す(警察・軍隊など)。勇者が市民とすれば、国家統治が衰退し、帰属集団毎の強い自治権をもつ都市
に武力が移管されていることが想定されます。
更に、これらの作品では王族や剣士など社会機能の世襲化が進んでいます。福祉国家から市場国家
に向かう政治経済動向や民主主義自体の改革の遅れから、同じ考えを持つ人々が集団離脱して自治
都市国家を形成するかのようです。『沈黙の艦隊』で原子力潜水艦「やまと」が安全保障代行国家
として独立国宣言するのも同じ背景だと思います。
この自治権獲得の運動に貢献した一族は王族・貴族・剣士などとなり、世襲的に行政を委ねられた
のではないかと推測します。一方、司法は自治の権威を示す独自性を持ち、立法は上院(貴族院)・
下院制(市民院)の二院制かもしれません。
武器が、銃ではなく剣や槍であるのも気に掛かります。放送メディアが統治側でコントロールされ
ているリアル世界も、フェイクニュースが飛び交うサイバー空間も信用できない!。なので、剣や
槍で肉体を晒して対峙する決闘が “本当の他者” を知る最終手段として残されるかのようです。
また、女性剣士が繰り返し描かれていることにも注目しなければなりません。未来の戦いの目的は
領土や資源などではなく、“生命と生殖を害する何ものか”が想定されているのか、あるいは様々な
課題に対するレジスタンスとして女性の武装が定着したのかも…」 云々
と、今年1月に社会学領域のある講義(右:発表で使用したPPTの一部)で、話したら「”中世的な未来”に共感します。そう感じている人も多いのでは…」、「なぜ未来作品に女性戦士が多いのかは先行研究があったと思います」、「未来社会における剣の意味をもっと深堀して欲しい」などのコメントを貰いました。こんなことが楽しいので、75才位までは学校通いを続けたいと考えています。(7期 杉村)
今までのことを振り返る投稿の二回目になります。40代後半から、次男が社会に出たら何かを始めたいと考えていました。勤めていた会社に大きな不満はなく、生理的な欲求に近いものでした。組織内で自分のプランが通ったとしても手作り感に乏しく、これを定年まで続けて良いのか…という感覚です。また、両親と兄が50代半ばで他界しているので、気に掛かることをやり残してはいけないという思いと、自らの中小企業経営を熱心に語っていた祖父からの影響もありました。
と言っても、家族や自分の力量を考えると決断のつかない日々が長く続きました。ある日、先輩に相談したら「人生、自分のつくったものしか残らんよ」と言われました(前回投稿)。その時、ちっぽけな勇気が湧き起こったのを覚えています。
その頃、時代は1989年にベルリンの壁が崩壊し、1995年にはwindows95が発売されて、経済活動のグローバル化と社会生活のデジタル化が一挙に進みました。この環境変化によって、私が勤務していた会社では、生産拠点の海外移転、デジタル機器(PC・携帯・液晶TVなど)へのシフト、流通企業の寡占化とネット通販の台頭への対応など、国内外で大量の人員に関わる問題が発生しました。全社の問題として様々な人員対策に取り組みましたが、それでも対応しきれないのが実情でした。
同業他社も同じ状況で「ならば業界横断的な“仲間が仲間の仕事を探す”会社を作ろう」と考え始めました。しかし、私には器量も原資もありません。ただ、「強みの上に己を築く」という格言を信じていました。僅かでも私の強みと言えそうなものは、サラリーマンの思い付き(恰好を付けて言うとビジネスインサイト) と実績ある諸氏の「何事もやってみないと分からない」という言葉でした。
つね日ごろから、私の思い付きを面白がっていたある経営幹部に「休眠中の孫会社の定款を変更し、人材サービス会社から資本注入を得て仲間の仕事を探す会社を作りたい」と話しました。すると幾つかの条件をクリアーしたら応援するとの返事でした。その返事を信じて動き始め、極めて面倒な社内外の諸手続きを終えて、企画した会社が設立されたとき、53才になっていました。1年後には液晶TVで有名な企業からも出資があり、これを機に勤め先を退社しました。この頃、周りから「所詮サラリーマンの浅知恵!『会社ごっこ』のお手並み拝見」とよく揶揄されました。
会社経営を始めると本当に色々なことがありましたが、幸いにして携帯・スマホ市場の急拡大、東日本大震災後の節電と再生可能エネルギーの啓蒙と普及、テレビ放送のデジタル化などの新しい事業機会に恵まれ、退任前には従業員約50人(含パートさん)、年商30億円前後の会社に成りました。
そして会社経営が安定したころ、祖父の話していた「業績は人格を超えず」を思い出しながら、会社の今後を考え始めました。それに合わせるように法律が改訂され、株式の過半を持つ会社から「従業員共々、本体に吸収したい」との提案がありました。従業員の雇用が保障されたこともあって、これを機に(所得を得るという意味での)仕事を終えることにしました。
この会社での歳月は、約30年在籍した大企業時代より見えるものが数段違う経験でした。未熟で配慮不足な判断が恥ずかしいほどありました。しかし、なぜか暗くて重い後悔は少なく、前向きになれる反省・学びたくなる課題・語り合いたい記憶を沢山残してくれました。この意味で、生涯残るものになりました。ある創業経営者が「部や課を作るより、可能なら会社にして若手に任す。人は育つ」と言われていました。強く共感します。(7期
杉村)
2023-04-11
「Kissの会」メンバーは概ね年2回Kissへ投稿をしています。これに年齢と視力・"脳"力などの身体状態を組み合わせると投稿が出来るのは、あと6-7回に留まると思います。そんなこともあり、これまでのことや考えていることを数回続けて書いておこうと考えました。独りよがりな内容になりますがお許しください。
さて、今年1月中旬の日経新聞と朝日新聞にほぼ同内容の「WBC構想が明らかになった2003年の段階で『キャンプ前に開催したらシーズンに影響する。本末転倒』『いまからサッカーW杯のような大会は絶対無理』などの球界重鎮から発言が続くなかにあって、イチローは違っていた。『1回目がなかったら、2回目もない。でも、歴史ってそうやって創られるんでしょ!?』 といって積極的に参加した」との記事があり、共感を覚えました。それと同時に昔から好きだった「井戸の水を飲むときは、井戸を掘った人の苦労を忘れるな/飲水思源」 の故事成句を改めて大切にしたいと思いました。私がいまも創業者に関心を持つのは、学生時代にこの言葉を知ったからだと考えています。
会社勤めをしている頃にも、その後の支えとなるコトバを幾つも戴きました。印象深いのは、40代中頃、担当役員とある事業計画を経営企画担当専務に事前説明に行った折のことです。「これは君が書いたのか。私は全社を見ているから分かる。しかし、君たちの事業を知らない役員には分からない。佐佐木信綱の歌を参考に修正しなさい」と指示されました。その歌が「ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲」 。
“ゆく秋の”=担当事業領域の世界的動向、“大和の国の”=我が国市場の動き 、
“薬師寺の”=当社の国内ポジショニング、“塔の上なる”=今回計画の内容と目標、“ひとひらの雲”=想定されるリスクとそれへの全社理解。誰もが頷く世界的動向から論議を開始して、段階を踏んでしかし急速に視野を絞り込み、今回の提案内容と課題に持って行きなさいという示唆だと理解しました。短歌で人を促すとは洒落ているなぁ…と思い、黙って持ちネタにさせて戴きました。
また、ある会議で「国内市場は成熟しているで…」と言ったら、副社長のひとりから「市場が成熟しているのではない。成熟しているのは君たちの頭だ!」 と一喝され、革新を恐れると衰退に陥るんだと不思議と気落ちすることなく納得できました。後日、このことをある先輩に話したら、いま考えると相当ポイントがずれていたと思うのですが、「カレーライス、食べた後やなぁ」 と呟いて、「カレーライスをスプーンでいくら綺麗に食べても、カレールーの筋は残るやろ。市場なんか全部きれい食べられん。なんか残ってる!」と説明されました。面白い、何かの際には使わせて戴きます!と自分の話材に貰いました。ずいぶん粗野でべっとりとしたコトバですが、先が見えないときや自信を無くしたときに「多分カレーライスを食べた後みたいにまだ何か残っている…」と思えば気持ちが楽になりました。会社勤め時代の“こころの常備薬”だったかもしれません。
この先輩からは、新卒以来務めていた会社を辞めて次のステップを進もうかと悩んでいた頃にも、もうひとつ記憶に残るコトバを聞かされました。「人生、自分でつくったものしか残らんよ」 。自分にとって最後に残るのは、育てた子や孫そして後継者、腹を括って買った財産(家や株式)、自分なりに心血を注いだモノ・ワザ・仕組み。年を重ねるにつれて、このコトバに頷く機会が増えてきました。
字数制限の関係もあって大切なコトバをもうひとつ書くことができませんでした。別の機会に触れてみたいと思います。(7期:杉村)
2022-10-11
「Kissの会」投稿では、旅行記が一大ジャンルになっています。その旅行先の多くは“東北・北海道”と“京都及びその周辺”です。社会人になってから上京した私は「首都圏の人は東北と京都が好きだなぁ」、「東北・京都は交通の便が良いから? それとも単に首都圏住民の嗜好性?」、「関西以西には行かないの」などと関心を寄せていました。
そんな折、区立図書館に「旅行年報2020」(日本交通公社)があったので、国内旅行がどうなっているか調べてみることにしました。その概括と私見を下記により報告いたします。
注)コロナ以前の2019年1-12月を対象としています。また南関東(埼玉・千葉・東京・ 神奈川)が一つ
の 集計単位となっており、この南関東を首都圏と表記し、旅行には日帰 り旅行を含みます。
Ⅰ.首都圏在住者の旅行先 (サンプル数構成比より行先回答構成比が高い都道府県)
1位…神奈川、2位…山梨、3位…千葉県、4位…埼玉県、5位…栃木県、6位…静岡県、7位…群馬県
親元への里帰りも含めて首都圏に近いエリアが主となりますが、首都圏在住者の旅行先といえばまず「温泉地」であることが推測できます。千葉については旅行年報の別資料からTDLが旅行資源として大きいことを示しています。埼玉は文化的名所と自然の豊かさが旅行誘因になっています。しかし、関東に不案内の私には、具体的にどこなのかが良くわかりません。これに対し近畿在住者ではサンプル数構成比に対し行先回答構成比が突出して高いのは和歌山、ついで兵庫、滋賀となり、温泉を含む自然の豊かさが中心のようです。また、北海道の方は道内、九州の方は九州内の旅行が主となっています。
Ⅱ.京都旅行者の居住地域別構成比
1位…首都圏(29.2%)、2位…近畿(28.6%)、3位…東海(16.4%)
京都在住者は京都観光をしないので判断は難しいですが、首都圏在住者が京都観光の主役であることに間違いはありません。一方、同じ古都である奈良は近畿在住者(34.5%)が1位で、首都圏在住者が2位(19.8%)、東海在住者が3位(19.0%)となっています。「京・阪・神」住民の複雑な京都イメージと近鉄による東海地域から奈良県へのアクセスの良さが現れているように思います。
Ⅲ.東北・北海道旅行者の居住地域別構成比
首都圏在住者が旅行者に占める構成比率の高いのは、Ⅰで述べた首都圏近郊7県に次いで沖縄、新潟、富山となっています。そのあとが京都・大阪、東北各県と北海道が続きます。沖縄は年報の他資料から旅行者年齢が若いことが伺えます(シニア層は相対的に少ない)。新潟と富山は新幹線があり交通の便は良いのですが、旅行者絶対数が少ないか、或いは温泉地と同様に旅行記を書くには“素材不足”なのかもしれません。一方、東北・北海道は交通手段ひとつを取っても新幹線とローカル線、高速道路・ドライブウェーと一般道、更にフェリーなどと多様で、旅行記を書くのに相応しく、Kissへの投稿回数が旅行回数に比べて多いのではないかと考えます。
Ⅳ.まとめ
大変乱暴なまとめですが、首都圏シニア層の旅行の基本形は「晩秋から早春までは関東周辺の温泉巡り」、「春と秋は京都を中心とする歴史探訪」、「初夏から初秋は北国旅行(東北・北海道・信越・北陸など積雪地帯)」であろうと考えます。如何でしょうか(チャットください)。
Ⅴ.付記/気づき
旅行年報データでは、千葉TDLや大阪USJなどの大規模レジャー施設が予想以上に大きなパワーを持っていました。国内でIR(カジノを含む総合型リゾート)構想が実現した場合、観光産業の地域バランスは確実に変わるでしょう。観光立国日本を目指すうえで、観光産業が引き起こすマイナス要素も含め、その在り方について真剣に検討すべきテーマだと気づきました。(7期 杉村)
2022-04-11
60才になった時は「まだ70才代がある」という漠然とした余裕がありました。70才に達した際にはこれがありませんでした。日本人70才男性の平均余命は16.2年※ 、最後の期間は病床でしょうし、まして私の家系に長寿者がいないので「まだ80才代がある」と感じないのだと思います。しかし、それでは少々慌ただしいので70才代を前半と後半に2分し、今暫く「まだ70才後半がある」と考えて過ごすことにしました。
※出所:厚生労働省「簡易生命表」(令和2年)。70才女性の平均余命は20.5才。
尚、平均寿命(その年生れた 子の 平均余命)は男性81.4才、女性87.5才。
70才到達とコロナ禍を機に、いま楽しみとして進めているのが本棚の整理です。と言っても、私は30年ほど前に神戸から横浜、4年前には都内に転居しましたので、手もとに残したのは150タイトル200冊程に過ぎません。このすべて再読して、75才到達時までに3冊(あるいは3タイトル)に絞ることをゴールとしました。
次の世代にとって私の残した書籍や雑誌(例:右写真)などは、邪魔ものに過ぎないと思います。よって、自分の記念として3冊だけを本棚の隅に残そうと考えたのです。これを選ぶふたつの条件も同時に決めました。ひとつは、再読して自分自身が「私はこんな人間だったんだ」と納得できること。もうひとつは、次の世代が手に取った時に「そう言えば、あの人はこんな感じだった」と同感する確率が高いことです。これを条件に<徴としての3冊>を選ぶ自分だけのプロジェクトを開始しました。
スタートして今は100タイトル130冊程度になっていると思います。もともと私と波長の合う図書だけを残しているので、これが予想以上に面白いのです。手もとにあった7割強が思想・評論なので、多くの本に読んだ折々の線が引いてあります。過去の線引き箇所を見て「なぜこんなところに線を引いてるの!」と驚くことが多々あります。たとえば、本年1月のユリイカセミナーで上田恵介先生が取り上げられた『悪について』(E.フロム)を受講後に読み直しました。初読時は黒、再度時は赤、三読目の今回は紫で線が引きましたが全て一致した箇所は僅かで「自分の考えは、こんなに変わるのか…」と改めて感じました。読み直した本はメモをPCの専用ファイルに残して処分します。
もうひとつ面白いのは、線を引いて読みたいと思う本を買ってしまうことです。先々月は『国家(上・下)』(プラトン)と『コーラン(上・中・下)』(井筒俊彦訳)を購入しました。本棚のプラトン2冊を読んで処分しようとしていたとき、何気なくネットの記事を見ていたら「米国文系学生が一番読んでいる(≒読まされている?)のはプラトンの『国家』」と出てきました。読んでないなぁ…、悔しいなぁ!と思って買ってしまいました。また、原始仏典・大乗仏典(中村元編)と旧約・新約聖書を本棚に残しているので他の本と併読し始めました。そうするとやはりコーランも読まないと…と思い再購入にしました。同様にして、先月も2冊買いました。
こんな調子なので私の眼力・脳力・気力が続くとしても、70才前半での目標達成は無理かも知れません。何を選ぶのか、自分自身がとても楽しみです。私の<徴としての3冊>が決まりましたら、Kiss投稿で報告したいと思います-そこまで「Kissの会」が続きますように-。(7期 杉村)
2021-10-11
同い年で、卒業と同時に起業して、業界最大手の上場企業に育てた知人がいます。もう10年近く前になりますが、彼がこんな話をしてくれました。
「何かをやるかやらないかと悩むやろ。これまで悩みながらやって来たんや」。
彼が同じ話を、友人である著名な創業経営者某氏にすると、
「それが分からない。やりたいことは悩まずにやれば良い!」
と即答したそうです。起業家としての自負、そして自分自身へのエールを感じました。
「天才某氏は悩まずにやる。俺は悩んでからやる。これが俺と某氏の違いなんよ」。
その後、知人は「Think Tankなんか沢山あるから…」と、クライアントと組んでDoをする「Do
Tank」という子会社を作りました。彼は陽明学が好きで「やってみて、初めてわかるんや」とよく話していました。私の知人ですから私との違いは学力ではなく、「~する」で考える習慣と実践力の差だと思ったのをよく覚えています。尚、その前提となる人間の器量・愛嬌・熱量などに雲泥の差があるのは言うまでもありません。しかしこれは生来の所も多く、なんとも致し方ありません。
※左写真:知人本社でのバレエ公演
そんなことを考えていたある時、「動詞で考える」という話を聞きました。その方はバー・パブなどを事例にビジネスの成功要件を探る大学の研究者でした。
「動詞で考える」事例として、単に「カクテル」を考えるのと、「カクテルする」を考えるのでは結果が全く異なってくると言うのです。「カクテル」を考えるのはメニュー開発に留まりますが、「カクテルする」はカクテルを飲む男・女の機微や文脈を読み込んだ店づくりが求められます。更に「カクテルする」で考えればナイトライフ全体のビジネス構想が浮かんできます。知人や某氏は「動詞で考える」を実行し、その時の広がりの大きさ、決断の孤独と恐怖を痛烈に知っているのだと直感しました。
現在の私はビジネスの現場に接していません。ですが、私たちの暮らしにも「動詞で考える」は有効ではないかと思います。例えば、「池袋」を考えるより「池袋する」で考える、「◎◎サークル」を考えるより「◎◎サークルする」で考えると、これまでにない発想が生れて来るのではないでしょうか。また、自分の名前に“する”を付け、「自分する」を意識すると、やりたいことに気づき、また、思い出し、力が湧いて来るように思います。
ある作家が「高度成長期の日本の銀行TOPは、何か決定を迫られると『前例はどうなっている』・『他行はどうしている』・『君たちはどう思うのか』の三つの質問をするだけで、自分の判断や意見を問われなかった」と書いていました。経営者には“操業”経営者と“創業”経営者があると聞きます。前者は上述の銀行TOPで「操業する」人々であり、これはこれで大切ですが、会社の違いが徐々に分からなくなってきます。一方、創業経営者の知人や某氏は、創業時も今も基本的に「自分(≒社名)する」人達です。創業経営者を知らない人達からはワンマン・独裁者と言われるかも知れませんが、彼らの経営判断には尽きない夢や美意識が含まれていると考えています。(7期:杉村)
2021-04-21
先月のはじめ、イスタンブールを舞台にした「レイラの最後の10分38秒」(エリフ・シャファク著)を読みました。著者はYouTubeで「私はフランスのストラスブールで生まれました。トルコ人の両親は、私が生まれて間もなく離婚し、母は私を連れてトルコに引っ越しました。(中略)近所はどの家も大所帯で 父親が家長だったので、父家長制の社会で離婚した母を見ながら育ちました」と話しています。
正確な文章は忘れましたが、作品の中にイスラム教徒の父親(家長)が娘に「ひとは傷つきやすいトマトみたいだろう。だから、衣服で大切に身を包むんだ」と話す場面がありました。その衣服は、前後の文脈からブルカかヘジャブです。
私は、この数年、身の回りにある様々なモノの価値はどの様に形成されるのか、をテーマに学生生活を送っていたので「やはり衣服はヒトの包装紙なんだ!」と思いました。
モノには、主として機能的価値と意味的価値があります。例えば、三越の包装紙は「買った品を保護する」機能と「三越で買ったこと」を意味します。同様に衣服も「身体を保護する」機能と「自己の選択(≒私らしさ)」を発信します。有名店の包装紙や高級ブランド品、時に自動車も、機能的価値よりも意味的価値の方が大きいのが普通です。身やモノを「包むこと」は、"機能+メッセージ"なのです。
「レイラの最後の10分38秒」の父親(家長)は、非イスラム・非部族の情報を衣服から発信して、娘に面倒を起こして欲しくないのです。家長を校長に、戒律を校則に、娘を生徒に入れ替えると、学校の制服も同じ意図を持つように思います。組織を一つの価値観で纏めようとする場合、衣服による情報発信が制限されていくようです。また服従・帰依など、権力や権威への従服を衣装に絡めて言語化されていることにも着目する必要があります。
さて、少し我々の暮らしを振り返ってみると、1980年頃、百貨店は「じぶん、新発見」・「不思議、大好き」・「おいしい生活」などのコピーを使って、持ちモノとファションで私らしさを発信しょう!と盛んに広告していました。
その時の 「じぶん、新発見」のポスターは、裸体の子供をキービジュアルに使っていました。彼女(?!)はこれから西武百貨店で服を選び、アクセサリーを身に付け、じぶんを新発見して、それを発信するのでしょう。 ※ 左写真出所:https://note.com/miyaccchi/n/n1f647a26bf4d
しかし、2000年頃から情報社会に入り、私らしさの発信がメールやSNS(LINE、Twitter、Instagramなど)に移ります。その結果、衣服の意味的価値は大きく低下して、機能的価値中心の購入が進みます。それを示す事象が
流行(モード)の衰退とファストファション企業の拡大です。デジタル情報技術が、UNIQLO・ZARA・H&Mなどを成長させ、情報発信基地としての百貨店を衰退に追いやったと考えることができます。
コロナ禍でリモートワークやリモート講義が定着し、環境問題・経済のサービス化・非正規雇用の拡大などもあって、機能的価値重視の衣服の時代が今後暫く続くでしょう。ですが私には、意味的価値の乏しい機能偏重のファションは、デジタル時代の疑似制服、身を包むエコバックのように見えて面白くありません。そして少し心配です。
情報社会は、油断をすると監視強化やポピュリズムに陥ります。「身を包むこと」は、個人の一番身近な表現(アート)形式であり、デジタル集権化に拮抗して人間性を保つ大切な手段だと思います。服装に現れる、社会の多様性(diversity)・同調圧力の強弱・世相などに関心を持ちながら、新緑の街に出ていこうと考えています。
(7期:杉村)
2020-10-21
3~4か月ほど前、BS1で中国の作家方方(Fang Fang/左写真*)とそのブログ日記を知りました。彼女は1955年生まれ、2歳から武漢で暮らし、コロナ禍で都市封鎖された60日間の日々をブログにアップしました。それがネット上で話題になり、毎日数千万人もの読者(訳本の帯には1億人となっています)が夜中まで起きて日記がアップされるのを待ち、それから就寝したと伝えられています。
*写真出所:https://static.tokyo-np.co.jp/image/article/size1/a/6/6/5/a665613b38b23f62bed9cace418273b0_1.jpg
武漢が封鎖解除された4月8日に英語版の予約販売が始まり、日本では9月末 に「武漢日記 -封鎖下60日の魂の日記- 」として翻訳本が出版されました。ネット管理者による削除や「国の恥をさらした」など一部読者からの厳しいバッシングに耐えて、毎日の詳細な記録と行政やメディァに対する批判的且つ建設的な意見が綴られています。
その中から少し長い一文を紹介したいと思います(この一文はBS1でも取り上げられていました)。
【2月24日(旧暦2月2日)から抜粋】
「私は言っておきたい。ある国の文明度を測る基準は、どれほど高いビルがあるのか、どれほど早い車があ
るのかではない。どれほど強力な武器があるのか、どれほど勇ましい軍隊があるのかではない。どれほど
科学技術が発達しているか、どれほど芸術が素晴らしいかでもない。ましてや、どれほど豪華な会議を開
き、どれほど絢爛たる花火を上げるかでもなければ、どれほど多くの人が世界各地を豪遊して爆買いする
かでもない。ある国の文明度を測る唯一の基準は、弱者に対して国がどういう態度をとるかだ」
出所:方方,(飯塚容・渡辺新一訳)「武漢日記」河出書房新社,2020,p217
とすれば、日本の文明度は高いでしょうか。アメリカ・中国はどうでしょうか、欧州ならどこの国が文明の先進国でしょうか、見習うべき国はどこでしょうか。また、弱者とはだれでしょうか。疾病を持つ人々・高齢者・子供たちでしょうか、貧困や人種・国籍・性別・宗教などで不当な困難を抱える人々でしょうか、コロナ感染者やその病棟で働く医療従事者とその家族でしょうか。これらを自問することによって、私の望むアフターコロナの世界像がぼんやりと見えてきたように感じました。
このような固いお話ばかりではなく、日記に多く書かれているのは、マンションに食品の共同購入サイトが出来た!友人が野菜を玄関に置いて行ってくれた!日頃のうっ憤をSNSで思いっきり晴らした!などの「生活上の
雑事と感想」(同上p252) です。方方はこんなことを書いています。
「文学は個人の表現だか、無数の個人の表現を集めれば、一つの民族の表現になり、そして無数の民族の表現
を集めれば、一つの時代の表現になる」 出所:同上,p186
日本の累計感染者数は既に中国を上回っており、コロナ関連のKiss投稿は今後も続くでしょう。その一つ一つが我々のリアルな感情であり、この時期の貴重な記録になるのだと思います。
(7期 杉村)
2020-06-01
「私は今、この生命の不安な流行病の時節に、何より人事を尽くして天命を
待とうと思います。人事を尽くすことが人生の目的でなければなりません」
(出所:与謝野晶子
1920「横浜貿易新報」)
5月上旬、散歩途中にある特別支援学校の小さな掲示板で上の言葉を見つけました。その後に次のような言葉が続きます。
・・・・・・・・・・・・・・・・(以下、要約)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1918年から1920年(大正7~9年)に日本で約20万人が亡くなったスペイン風邪の折の投稿です。
ちょうど新型ウィルス接近をひしひしと感じていた本年4月頃に近い時期のものでしょうか…。
この様な危機が迫る中で、与謝野晶子は「個体としての私の滅亡が惜しいからではなく、私の
死によって起こる子供の不幸を予想することのためにできるだけ生きていたい」として、「人
事を尽くす」こと、例えば、スペイン風邪に対抗するあらゆる予防と抵抗を尽くそうとします。
予防接種を実行し薬を用い、また子供たちのある者には学校を休ませるなど出来るだけの方法
を試みます。
今の時代とは違いますが、感染症に対して断固として抵抗し、子供を守ろうとする晶子の子供へ
の愛と責任感に敬意と感動を覚えると共に、私たちは改めて校内・子供たち・教員に新型コロナ
ウィルス感染症対策を徹底することに人事を尽くします。どうぞ宜しくお願い致します。
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今回の新型コロナ感染症が、他地域と比べて大きな禍とならずに終焉するならば、日本に住むわれわれ一人一人が、晶子のこころね(信念)に共感し、行動したときではないかと思いました。同時に、これを書かれた特別支援学校の先生方の子供たちへの慈しみと強い使命感を感じました。掲示板を読んでいる私を見て、後ろを通られた先生が「ありがとうございます」と挨拶されたのも心に残っています。
「人事を尽くして、天命を待とうと思います。人事を尽くすことが人生の目的でなくてはなりません」。この言葉が身に沁みます。人事を尽くすとは、未来への願いを持ち、正しく予想し、手段を考え、出来る限りの行動をすることだと気づきました。
コロナ禍が過ぎても、緊急事態宣言下の記憶は長く残ることでしょう。これから迎える“新しい日常”を、出来る限り正しく予想し、手段を考え、そして行動しなければなりません。緊急事態宣言が解除されたいま、改めて与謝野晶子の言葉を反芻しています。(7期) 杉村
2019-12-11
縁あって月一回、環境NPOで企業対象の環境関連講座を手伝っている。そこで記憶に残る話に出会った。ひとつは「生態系と生物多様性の経済学/TEEB(ティーブ):The Economics of Ecosystem and
Biodiversity」である。TEEBは「環境は大切にしよう!」と言った説得的な手段ではなく、生態系と生物多様性の価値を具体的な数値で示し、環境意識を高めることを目指している。
もし、蜜蜂がいなくなると人間はどれほどの損害を被るのだろうか?
環境省のTEEB資料によると2005年1年間に蜜蜂など昆虫が農産物の受粉を行ったことによる経済効果は1,530億ユーロ(1ユーロ=120円とすれば、18.4兆円)であり、同年に人間が食糧生産した農産物の9.5%が昆虫による受粉の恩恵をうけている。同様に、もしサンゴ礁がなくなると、沿岸の海水魚が減少し、沿岸部や島嶼で生活する人々の便益が最大年19兆円減少する。このように数字で示されると実に分かりやすい。そして、受粉を行う蜜蜂、海水魚を育むサンゴ礁はだれのものでもない。
自然環境だけではなく言葉・文化・知識・芸術・モラル、更には21世紀の象徴的人工物であるインターネットも誰のものでもない。我々の周りには誰のものでもない大切な財産(ここでは仮にコモンズ資産と呼ぶ)が数多くあり、生活の相当部分はコモンズ資産に支えられている。
「所有者のいないコモンズ資産を、破壊や強欲な占有からどのように守るのか」と考えているときに、ふたつめの話を聞いた。倫理的消費(エシカル消費)やフェアトレードの定着に関するシンポジウムの中で、長く林業を担ってきた方が次のような発言をされた。
「大人はなかなか変われない」・「子供たちへの適切な教育。そうすれば、子供たちは10年後、20才の
賢い市民になる」・「林業をやっていると10年なんてあっという間だ」・「林業者から見ると、教育
ほど確実な環境保護への即効薬はない」。
確かに10年後はすぐに来る。子供たちへの教育に投資した方が、大人が制度や法律を作り利益調整するより早いかもしれない(と同時に教育の難しさや怖さも感じた)。
5つのP(人間・地球・繁栄・平和・パートナーシップ)
話は飛躍するが、2015年にすべて国連加盟国が全会一致で採択した「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」 では、2030年までに貧困・飢餓・教育・ジェンダー・気候変動など17のゴール(SDGs )の達成を目指している。2030
アジェンダの内容は、蜜蜂やサンゴ礁の価値、倫理的消費やフェアトレード、コモンズ資産、現在開催中のCOP25と強く結びついている。そして2030年なら、まだ生きているかもしれない。
既に文科省でも、小学校から大学までの教育現場にSDGs事例を紹介し、積極的な取り組みを行っているようだ。SDGsの学習が浸透すれば若者・子供たちの行動は確実に変っていくだろう。私も漸くNPO講座の参加者や学生諸子と議論し応援できるように、SDGsのeラーニングを修了したところである。あと10年、2030アジェンダの精神と行動を大切して行きたいと考えている。 (7期 杉村)
【追記】国連2030
アジェンダ (←click/外務省仮訳)は相当長いので、前文・12頁の”行動の呼びかけ”・14頁の17の目標(SDGs)を読んで戴ければ、と思います。特に前文にある「誰一人取り残さない(No one will be left
behind)」と「5つのP」(People,Planet,Prosperity,Peace,Partnership)は21世紀の人間と地球の行動理念ではないでしょうか。
2019-05-11
ドイツ在住満4年の次男家族と週に一回Skype(インターネットテレビ電話)で20分ほど話をする。二か月ほど前、孫君(4才半)が「幼稚園でこれ作った!」(右写真)と見せてくれた。「それはなに?」と聞くと「◎△※◆☆!」(タツノオトシゴのドイツ語か?)。なんだか
ドイツ語も出てくるようになったと思いmama(次男の嫁さん)に尋ねると、
「最近、ドイツ語会話力が日々付いてきたと思います。幼稚園で日本人は彼一人だから、分からないと先生や友達を捕まえて聞くようです。ドイツ語は、もう私より上かも…。
でも日本語が心配なんです」と話してくれた。「エッ! 日本語!?」と思っていると、次の
ような話を聞かせてくれた。
少し前、両親とも日本人で、現地幼稚園に通っている5才の女の子に日本語補習教室で会った。パパはドイツ語ができて、ママはあまりできない。女の子はどんどんドイツ語が話せるようになり、パパとはドイツ語で会話をし、ママはパパの通訳がないと娘の長い話しが分からなくなった。家でママと居るときは、アレ、コレ、イヤ、キライ、チガウ、そして最後はグズればママは何でもやってくれるので日本語力が付かなかったようだ。日本語補習教室の先生が、女の子に「お名前は?」と聞くと下の名だけを答えた。「上のお名前は?、苗字は?」と先生が尋ねるときょとんとしていた。そして「◎◎ちゃん、お名前が言えるように勉強しょうね」となった。これは特殊なケースではないと先生は言われていた(ヘェ~、
そうなんだ)。
更に、日本人のママたちとお話ししていると「ここはドイツだから、先輩後輩なんか無しで気楽に話しましょう!」と言われる方がいる。確かにドイツ語には敬語は無いようだ。しかし、敬語や日本語の女性用語・男性用語、言い換え(「上の名前」と「苗字」など)は日本語の特徴で日本の今の文化なのだから、これをしっかり子供たちに伝えないと帰国して困るのは子供たちだ。ドイツにいるときから、年長者へは正しい敬語を使いたいと思う。これらのこともあり、現在、家の中ではドイツ語禁止、日本語オンリーです。日本からのSkypeは大歓迎なんですよ!(と、嬉しいお言葉)。
これを連休に来た長男に話すと「そうだと思うよ。娘の外国語は、英語教育も変わるから余り心配していない。これからは、正しい日本語を話すことが大切じゃないのかなぁ」、「外国語の壁が低くなると、逆に根っことなる母国語がその子のアイデンティティや考える力の源だからね。幼児期の言葉は、親の責任だし」との意見だった。
令和は、日本の多言語化が進むと同時に 日本語能力が改めて重視される時代になるのかもしれない…と、独り考えている。(7期)杉村
2018-11-24
昨年の秋、川端康成の『眠れる美女』(1961)を読んだ。きっかけは、あるレポートを書くために目を通した米国の文化人類学者E・T・ホールの『文化を超えて』(1976)であった。この著作でホールは、世界中の言語コミュニケーションの型を高文脈(高コンテクスト)文化と低文脈(低コンテクスト)文化に分類し、高文脈文化の言語例として日本語を、低文脈文化の言語例としてドイツ語を挙げている。
高文脈文化とは、言葉にされていない内容が相手に豊かに伝わる文化である。文脈(≒行間)を読んで書かれていないことも以心伝心で伝わる社会ともいえる。『文化を超えて』のなかでホールは、高文脈文化の端的な事例として川端の『眠れる美女』を紹介していたのである。
文庫本『眠れる美女』の裏表紙には「熟れ過ぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の名作」となっており、解説を書いている三島由紀夫は「文句なしの傑作」と評価している。併載している『片腕』と共に意外な内容で一気に読了した。20世紀最高の作家のひとりガルシア=マルケスは、本作へのトリビュートとしてエッセイ『眠れる美女の飛行』(1982)を書き、2004年には長編小説も発表した。私には、この作品が『雪国』『古都』『山の音』などと同等か、それ以上に川端の世界的評価獲得に貢献したように思う。(興味をもって戴いた皆さん、一度お読みください/川端61才の作品、文庫本130頁程)。
さて、以上が本稿の長すぎる「まえがき」である。実は、この夏、高校同窓会から2020年創立100周年記念の案内文・記念品チラシ(写真)・予約の振込用紙が郵送されてきた。母校は長田高校という。
案内文には「長田高校の制服を着たリカちゃん人形を発売することになりました。なんと夏服・冬服両方がついています!。ご自身の記念だけではなく、長田高校の受験を検討されている方へのプレゼントにもぜひ♪♪ 限定(先着順)2000体 本体6,900円」とあった。
「お堅いはずの県立高校の創立記念品がフィギア、それも制服を着たリカちゃん。時代は変わった」と少なからず驚いた。我々の時代は男子7割、女子3割であったし、その後も男子生徒が多いと聞いている。つまり、このチラシを受け取った多数派は、間違いなく中年とシニアの男性である。
「う~ん、この企画を同窓会に持ち込んだ(株)タカラトミーのマーケティング力はある種鋭い。採用した同窓会役員も進んでいる」と思った。しかし、このような企画が一般的なら、驚いた私は時代遅れで今を語ることを自重しなければない。そして、不覚にも『眠れる美女』を思い出してしまった。
「“ご自身の記念に”と言われても机に置いて愛でるのは如何なものか」「でも、気分が若返るかも…」「夏服
って、衣替え?」「校長室のデスクにあると笑える!」「オークションに出したらプレミアム!?」
シニアに、あらぬ妄想を逞しくさせる創立記念品であった。(7期 杉村)
【追記】地元では新聞記事にもなったらしく、それによると7月20日の予約開始から2週間余りで2000体を
突破し、8月下旬に3000体を超えたそうだ。現在は「今も問い合わせが続いています。10月末までの
申し込みは全数作って戴けることになりました。目前に迫った母校の100周年をともに祝いましょ
う!」と高校同窓会のネット掲示板に出ている。(他校の制服リカちゃんはここ をclick下さい)
2018-05-21
年末か年初の日経新聞だと思いますが「モノより『いいね』」の記事があって、関心をもちました。記事で取り上げられていた28才の男性(独身)の部屋には、机と電気スタンドとパソコンだけ。「欲しいモノ?ありません!」。所有することに意味を感じないとのこと。昨年末のNHK「クローズアップ現代+」で取り上げていた中古フリマアプリ
"メルカリ"(下段右写真出所:https://www.mercari.com/jp/)を良く利用する女子大生は、クローゼットを開けて「ここにある服の8割は古着です。2-3回着たら、また直ぐに売ります」「同じ服を着ていたらインスタでバレちゃうから、高い新品なんか買いません!」と話していました。仲間を作って「いいね!」の交流が大切で、モノの長期保有(=所有)に執着しない人々が増えているようです。
この感覚が、今の私にはよくわかります。実は、息子達夫婦から「シニアが、戸建てにすむと骨折が増える。なるべくフラットな所で住め!」・「戸建ては冬が寒いので、血圧が上がり脳と心臓に負担がかかる!」と言われて、本年3月に漸う重い腰を上げて、戸建て住宅からマンションへ引っ越しをしました。その折、家に有るモノの6~7割りは不要品だと家人共々実感しました。自宅は、間違いなく未使用品・低稼働品の物置になっていました。モノを買う時にお金を使って、収納に頭を悩ませて、破棄するにもお金を使って、全くもって「所有」は厄介かつスマートではありません。その結果、引っ越し費用より処分経費の方が相当高額となりました。特に、家具などの耐久財と衣類・着物などの半耐久財の「所有」は、なんとお金のかかる仕組みなんだ!と痛感しました。(“負”動産とされる、主に駅から離れた不動産物件も同じかもしれませんね)。
若い世代は「モノより『いいね!』」。共稼ぎの中年層は生活に追われて日々の暮らしで精一杯。シニア世代はあまりモノを必要とせず、むしろあの世に向けて「断捨離」中。この様な中で、長期所有中心の購買行動から「利用」の比重が大きい生活スタイルに移行するのか、それとも人間は本質的に独占欲が強くてあくまでも長期所有が中心なのか、新たに興味が湧いてきます。(過日、大学の先生方と個別に利用経済“Sharing
economy”の可能性について意見交換をした際も、先生方の意見は真っ二つに分かれていました)。
少し視点が変わりますが春先のテレビ番組で、ある日本の哲学の教授が、ツルツルスベスベした生活空間を予想していました。確かにマンションでは箪笥などの家具は原則不要です。そして今後は、壁に組込まれたテレビ、住設化した収納家具や冷蔵庫、流し台/シンクと一体化したオーブンレンジや食洗が普通になると思われます。部屋にモノを持たず情報だけに囲まれた若い人たちは、このツルツルスベスベした生活世界を先取りしている様にも見えます。
私の年齢から男性の平均寿命まであと10年と少し。この間、街に出て「所有と利用のせめぎあい」を観察出来たらいいね!と思っています(7期:杉村)
2017-11-11
先月末に、原宿と表参道を歩きました。目的はゴミ箱探しです。シニア男子がひとり、国内有数の洒落た街でゴミ箱の写真を撮って歩く姿はさぞかし異様であったと思います。探していたのは「スマートゴミ箱」。ある報道資料で興味を持ち、「どこにあるのか?」とインターネットで調べると東海大学・ハウステンボス・表参道で実証実験中と載っていました。
スマートゴミ箱には、天井部分に太陽光パネルが付いています。ゴミ箱内部にはゴミの自動圧縮板とどれだけゴミが貯まったのかを感知するセンサーが、太陽光パネルからの電力で作動します。通信装置も装備されていて、センサーで感知したゴミの量をゴミ管理者にリアルタイムで伝える仕組みになっています。更に外に小さなランプがあり、ゴミ箱容量の60%未満なら緑色、60%-80%なら黄色、80%以上なら赤色が点滅します。ゴミ収集担当は、赤色点滅だけを回ってゴミ回収をすれば良く、また利用者も赤色はさけて緑色にゴミを捨てるため利用状況が平準化します。回収後すぐに赤色になるところはゴミ箱不足、緑色が長く続くところはゴミ箱過剰なので、緑色点滅エリアのゴミ箱を赤色点滅エリアに運ぶと最適配置が可能になります。つまりこのゴミ箱、結構smartなのです。
以前、米国フィラデルフィア市では700個のゴミ箱のうち500個をスマートゴミ箱に置き換えた大規模な実験が行われました。その結果、「ゴミ回収頻度は週17回から週3回」「ゴミ収集担当者の人数は33人から9人」「年間コストは230万ドルから72万ドル」になったと報告されています。個人と家庭の断捨離の次は「コミュニティーの断捨離」へという訳です。情報通信技術の進歩は個人情報保護やAI倫理などのさまざまな問題を伴いますが、我々も前向きな関心を持ち続けないとスマートゴミ箱のような発想は出て来ないと思います。たまには、モーターショーやCEATEC(エレクトロニクス機器展示会)に行って最新機器に触れることも必要かもしれません。
最後に、これを書いた背景なのですが、たまたま先月に合った外国メーカー日本法人の日本人トップから「今の日本社会はネットワークやコネクティビティへの意識が低くて、全く遅れている」「あれだけ個人情報保護への意識の高い欧州でもネットワーク技術を如何に使うかの実験が進んでいるのに、、」と少し悲しむように言われました。また最近、中国の若い方からも「日本のネット活用は案外遅れてますね!」と指摘されました。と言う訳で、さまざまなブームを自作自演してきた我々の世代が、好奇心に満ちオフェンシブで「新しいもの好き」の精神構造を持たないと、ますます世界の発想から遅れるなぁと思った次第です(7期:杉村)。
【Kissの会 第1回投稿】投稿サークル「Kissの会」を始めます。
投稿日 : 2016年4月9日 最終更新日時 : 2016年4月9日
☆ 3月22日のRSSC修了パーティーで立ち話をしながらRSSCで過ごした二年間を記憶に留め、そして無駄にしない為に、修了後の“自分の今”を折々RSSC同窓会ホームページに個人投稿しょうか、と思いました。しかし、1人では思い付きで終わるか1回は投稿してもその後は怠けそうなので、修了パーティーで立ち話をした北原さんと齋藤さん、翌日お会いした石巻さん、個人投稿を2回されていた金子さんに「どうでしょうか?!」とお声がけをしました。そして、皆さんに了解戴きましたので、まずこのメンバーで、投稿サークルを始めてみます。
☆ 会の名前は、メンバー全員の頭文字を取って「Kissの会」としました。kは2人なのでKだけ大文字にしています。無理をせず長く続くことをモットーに、これから毎月2人ずつ(5人なので2ヶ月半に1回)順番と投稿期間だけを決め、テーマや文字数などは自由に投稿していく予定です。そして、いつかは、会の名前に相応しい大人の洒脱な連載コラムを書けたら良いなぁ…とか、2年に一度位は冊子にしたいなぁ…とか、自分勝手な夢も膨らませています。
☆ とは言え、世界に開かれているホームページ(=webサイト)に個人投稿するのには仲間内だけのFacebookやTwitterなどより格段に“気持ちの体力”が必要で、なかなか難しいと思います。しかしこの難しさを乗り越えようとする負荷が、私たちの感性を覚醒させ、観察力と好奇心を高め、日々の暮らしにほんの僅かでも変化をもたらすのではないかとも考えています。要は頭の老化防止に良いかも…です。
☆ ご感想やご意見と共に、賛同戴ける皆さまのご参加もお待ちいたします。下記のメールアドレスにご連絡下さい。尚、蛇足ながら、仮にメンバーが増えても「Kiss」のコトバ(単語)は 変更しない予定です。ご了解ください。(Kissの会 第1回投稿/7期生 杉村)